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東京高等裁判所 昭和39年(う)1173号 判決

控訴人 西山藤平

弁護人 奥田実

検察官 福山忠義

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金三千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二百五十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人に対し公職選挙法第二百五十二条第一項の定める選挙権及び被選挙権を有しない期間を三年に短縮する。

理由

控訴の趣意は、被告人並びに弁護人奥田実提出の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。被告人の控訴趣意及び弁護人の控訴趣意第一は、被告人が頒布した中庸鶏正第五十二号特報と題する文書は、公明選挙運動のための文書であつて、公職選挙法第百四十二条にいわゆる法定外の選挙運動文書ではないとして、被告人の利益のために事実誤認を主張するものであり、弁護人の同第二は量刑不当を主張するものである。

しかし、職権をもつて調査するに、原判決は、『被告人は昭和三十八年四月十七日施行された栃木県議会議員選挙の下都賀郡選挙区における選挙人であるが、同選挙区から立候補した水野道造の当選を得しめない目的をもつて、昭和三十八年四月十四日頃「県議選公明選挙に協力しましよう」なる標題の下に、右候補は合法的選挙妨害者でありこの様な後退的有志に一票を投ずるとすれば権利の乱用であろう趣旨を記載した法定外選挙運動文書である中庸鶏正第五十二号特報四十九枚を同選挙の選挙人である下都賀郡藤岡町大字藤岡千八百七十番地玉野竹次郎外四十八名に頒布したものである。』との公訴事実どおりの事実を認定したうえ、公職選挙法第百四十二条、第二百四十三条第三号を適用処断しているのであるが、公職選挙法第百四十二条判定の趣旨及びその内容等に照らして考えると、同条第一項にいわゆる「選挙運動のために使用する文書」とは、特定の選挙につき特定の候補者の当選を得るため投票を得若しくは得しめる目的をもつて使用される文書であつて、その外形内容自体からみてそれと推知することのできる文書をいい、特定の候補者に当選を得しめない目的をもつてその候補者に投票しないことを勧奨することを記載したにとどまる文書は、これにあたらないと解するのが相当であるから(昭和五年九月二十三日大審院判決、集九巻六七八頁参照)原審が原判示のような事実を認定してこれを律するに公職選挙法第百四十二条、第二百四十三条第三号をもつてしたことは、判決に影響を及ぼすことが明らかな法律適用の誤を犯したものといわなければならない。(証拠によれば、原判示選挙に下都賀郡より立候補した者は全部で数名あつたが、そのうち藤岡町の居住者で立候補した者は水野道造及び鯉沼仁吉の両名だけであつたこと、そして問題となつている中庸鶏正第五十二号特報には、原判決引用の文言に引続き「一万二千に近い有権者の皆さん町の代表としての県議一名を団結の力によつて送り出そうではありませんか」との文言が記載されていること、選挙期間中被告人が時々鯉沼仁吉の選挙事務所に行つていたこと等を認めることができ、これらの事実に徴すれば、右中庸鶏正第五十二号特報は、むしろ鯉沼仁吉に当選を得させるため藤岡町在住の有権者に対し水野道造に投票しないで鯉沼仁吉に投票するように勧める目的をもつて頒布された文書であると認定せざるを得ない。)

したがつて、原判決はこの点においてすでに破棄を免れない。

それで、刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百八十条により原判決を破棄し、同法第四百条但書に従い当裁判所が自判することとし、前に説明したとおりの理由により、起訴状に記載された訴因は、これを排斥し、当審において追加された予備的訴因を採用して、左のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三十八年四月十七日施行された栃木県議会議員選挙に際し、下都賀郡選挙区から立候補した藤岡町居住水野道造の当選を妨害して同選挙区から立候補した同じ藤岡町居住鯉沼仁吉に当選を得しめる目的をもつて、昭和三十八年四月十四日ごろ、「県議選公明選挙に協力しましよう」という標題の下に「水野道造候補者は合法的選挙妨害者であり、この様な後退的有志に一票を投ずるとすれば権利の乱用であろう、一万二千に近い有権者の皆さん町の代表としての県議一名を団結の力によつて送り出そうではありませんか」と、暗に水野道造を除けば藤岡町出身の唯一の候補者であつた鰻沼仁吉に投票することを勧める趣旨のことを記載した法定外選挙運動文書である中庸鶏正第五十二号特報四十九枚を、同選挙の選挙人である下都賀郡藤岡町大字藤岡千八百七十番地玉野竹次郎ほか同町居住の四十八名方に配付し、頒布したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の所為は、公職選挙法第百四十二条に違反し、同法第二百四十三条第三号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、所定金額の範囲内において罰金三千円に処し、刑法第十八条により右罰金を完納することができないときは金二百五十円を一日に換算した期間労役場に留置することとし、公職選挙法第二百五十二条第四項を適用して同条第一項所定の選挙権及び被選挙権を有しない期間を三年に短縮する。なお、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用して被告人に負担させないことと定める。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 足立進 判事 栗本一夫 判事 上野敏)

弁護人奥田実の控訴趣意書

第一、左の通り判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認がある。

一、被告人は選挙運動のために書き、頒布したものではない。被告人は鯉沼の正式の運動員ではないが無償で鯉沼の選挙ポスターを貼り(記録二二六丁西山藤平供述)好意的に事務所に来た人に茶を入れたり、又皿洗いをしたりして労務に従事したことがあつたが、所謂選挙運動をしていたのではない。(記録二〇二丁被告人最終陳述)而して中庸鶏正に書いたのは、鯉沼候補の事務長である大塚直次郎の依頼によるものでなく(記録二〇七丁証人大塚直次郎証言)、又水野候補を落選させようと思つて書いたわけでもなく(記録二四七丁検察官に対する被告人供述)、後而水野候補、鯉沼候補、其他選挙のため之を書き頒布したものではない。

二、公明選挙推進運動一環として書いたものである。選挙は公明正大に人格識見の最もすぐれた人を選ぶべきである。ところが一般大衆は候補者の人格識見の程度を知らぬ場合が多い。そこで被告人は兼ねて調査していた候補者の人格に関し、税金滞納並びに之に関する事実、其他落選を予期して立候補していると公言している事実(記録二三三丁被告人供述)を大衆に知らしめ読者の正しい批判によつて選挙をやつて貰い、以て公明選挙運動推進の一環とするためにしたものである。(記録二四七丁被告人供述)

三、水野道造の当選を得しめない目的を以てしたものではない。水野候補は昭和二九年当時町民税、法人税等合計金一八万円の滞納があり、県会議員選挙当時、固定資産税一九、三八八円の滞納があつた(記録二一四丁高橋証人証言)ことは事実であり、又水野候補は被告人に対し、当選を度外視し、落選を予期して立候補する云々と語つている(二二六丁被告人供述)ことも事実である。右税金滞納の事実は、国民としての義務に反するものであつて、ましてや県会議員や町長選挙に立候補せんとする者として、其人柄を疑われるが、滞納は公の事実であつて差押公売もされるのである秘密にすべき事実ではない。又落選を予期して立候補するのは、他に目的があるとせば、自己の利益のため徒らに公費を費消せしめ、間接に他人の選挙を妨害するものである、而して水野候補はこのことを自ら口外している。右の様な事実を中庸鶏正に掲載したとて水野候補を誹謗し、選挙妨害をしようとしたものということは出来ない。被告人は(記録二二九丁被告人供述)下都賀九万九千人の有権者に反感の念を植付けて居ることは遺憾至極であると思いますといつている通り、被告人はむしろ水野候補に同情的であつて、水野候補の将来のためを思い、憂慮しているのであつて、当選を得しめない目的があつたと見るのは間違いである

(その余の控訴趣意は省略する。)

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